第12回無法松ツーデーマーチ・「せっかくウオーク」

季節が少し動く時、雨になります。

ここ数日雨の日が続いて、ちょっと心配でしたが
21日、「第12回無法松ツーデーマーチ・せっかくウオーク」が開催されました。
参加34名
小倉駅北口に集合です。
11時小倉駅北口をバスにて出発、下関市の了円寺へ向かいます。
当初、「桜山公園」にて昼食の予定でしたが、先日より雨が降り続いていましたし今日も雨の気配です、
公園での昼食は避けて、小倉駅北口~了円寺迄の車中で昼食を戴く事にしました。  

11時50分了円寺到着です。

d0389843_08462436.jpg

参拝を済ませ、本堂入り口より中へ
この本堂の丸柱に、刀傷があります(長州決起の刀痕と、言われています)
高杉晋作達決起集団の内の誰かの所作で生まれたと伝わっています。(了円寺寺伝)

d0389843_08470291.jpeg
d0389843_08471165.jpeg


皆さん、珍しそうにでも真剣に見学されていました。

d0389843_08463384.jpg


了円寺での参拝と見学を済ませ、徒歩10分「桜山神社到着です。
この桜山神社は、元治元年(一八六四)一月、高杉晋作の発議によって創建された招魂場で、
慶応元年(一八六五)八月には社殿も造営され、招魂社としてはわが国最初のものといわれています。
ここには、長州の尊王討幕運動に輝かしい名をとどめる吉田松陰、高杉晋作、久坂玄瑞、山縣有朋らの霊も加え、
今日では三百九十六柱の志士がここに祀られています。
なお、この地は奇兵隊調練場跡でもあり、招魂場となって以後桜を植えた事から、桜山と呼ばれるようになりました。

d0389843_08593680.jpg


宮司様より説明がありました。

d0389843_08594514.jpg
d0389843_08595434.jpg


皆さん、熱心にお話を聞かれていました。

d0389843_09001795.jpg

貴重なお話を沢山お聞きしました。
宮司様にお礼を申し上げて、次の目的地「厳島神社」へ
桜山小学校の前を通り厳島神社へ出ます。

「厳島神社」は、平家一門が壇之浦の戦いの際、安芸の厳島神社の分霊を船中に祀って戦いました。
平家は敗れ、その分霊が磯辺に漂着。それを改めて、ここに祀ったのが始まりと言われていますが、
幕末、高杉晋作が白石正一郎と共にこの神社で必勝祈願を行ったことでも有名な神社です。
又、高杉晋作が幕末の長州征伐の幕府軍を破った小倉戦争で
小倉城を攻め落とした際に戦利品として持ち帰った大太鼓が奉納されており、今でも見られます。

d0389843_09155972.jpg
d0389843_09161075.jpg

厳島神社に参拝、「小倉太鼓」を見学後、高杉晋作終焉の地の前を通り、国道191号線を渡り、
伊崎町へ「ひょうたん井戸」を見学します。

「ひょうたん井戸」は、下関駅からほど近い伊崎町の「とっくり小路」の路地にある高杉晋作ゆかりの井戸。
1864年、藩内の権力抗争に勝利した高杉は長州藩の軍備を充実させるため下関開港を計画しました。
しかし、これに反対勢力が反発。命を狙われることになり、
敵勢力の夜襲を受けた高杉がこの井戸に丸一日、身を隠したと言われています。
このことで体調を崩したとも言われています。

d0389843_09163474.jpg
d0389843_09162468.jpg


白石正一郎旧宅跡を見学(現在は中国電力下関営業所の敷地内になります)
グリーンモールの一角を通り、竹崎公園へ行きます。

竹崎公園は、現在の大歳神社鳥居の近くにある小さな公園です。
高杉晋作と奇兵隊の遺業を讃えるモニュメント「風の予言者 高杉晋作と奇兵隊」が建てられています。
モニュメントは、下関市内の企業や団体などで構成されている「志士の杜推進実行委員会」が、
偉大な先人たちの志を現代の人たちに伝えるためとして、募金などをもとに建立しました。

像の、高杉晋作を支える岩は奇兵隊士を表しています。高杉晋作がつかんでいるのは「幕末の風雲」だそうです。

ここで小休止。
「風の予言者 高杉晋作と奇兵隊」の前で皆さん、思い思いに写真など撮られていました。

d0389843_11501881.jpg


ここから、バスに乗車。
晋作通りをとおり、「旧山口銀行資料館」へと向かいます。
「旧山口銀行資料館」では、館内を案内説明をしていただきます。
地下の金庫も見学しました。

d0389843_11513478.jpg
d0389843_11510472.jpg


「旧山口銀行資料館」見学後、ゴールの「唐戸市場」まではウオーキングです。

まず、下関南部町郵便局前を通ります。
ここ、下関南部町郵便局は、下関に現存する最も古い洋風建築物で、
明治33年(1900)に赤間関郵便局(当時)が電信局を統合し、新築移転されたものです。
外壁のレンガは厚さ60cmという堅固なもので、逓信省(ていしんしょう)技師の三橋四郎が設計を行いました。
いまなお現役の郵便局舎としては日本最古のもの。
現在、局内には資料展示コーナーのほか、カフェが併設されたギャラリーや中庭があります。
コンサート等のいろいろなイベントスペースとしても活用されています。

d0389843_11520562.jpg


南部町郵便局舎を見学して、旧秋田商会ビルの前の歩道橋を渡ります。
旧秋田商会ビルは、1915(大正4)年に建てられた、日本の近代建築史を代表する和洋折衷の建物です。
我が国に現存する同種建築物としては、最古級のものだそうです。
特徴は塔屋と屋上庭園です。
当時、塔屋の先端部分は自社船の下関港への寄港をいち早く確認するための物見櫓の役目をしていたそうです。
屋上庭園は国内でも最も早い例であり、洋風のビルの上から松などの木々が生い茂り、
和風建築の屋根がのぞいているのはユニークな光景です。
歩道橋の上から、屋上庭園の松の木がみえました。
なんとなく、不思議な光景です。

歩道橋を降りると、目の前に旧英国領事館が有ります。
ここで、全員で集合写真を撮りました。

d0389843_14303641.jpg
d0389843_14312187.jpg


ここから、ゴールの唐戸市場まで行くのですが、
ちょっと、寄り道。
8月NHKテレビの「ぶらタモリ」で放映されました「亀山八幡宮」の鳥居の額に挟まった野球のボールを見学。

元々、近くのガソリンスタンドの従業員がその当時野球をしてた時に打った球が額の「山」の部分に挟まってしまい、
そのままの状態にしてたことが良かったのでしょうか?このような珍スポットが誕生したようです。

その後、ゲン担ぎとして必勝祈願した下関商業が昭和38年の甲子園で春・夏連覇、
その翌年、早鞆高校が春のセンバツで準優勝しており、
いつしか亀山八幡宮の鳥居のボールは名物となり「野球の神様=亀山八幡宮」と呼ばれるようになったとのことです。

皆さん、上を見上げて「あらっ ホント!!」
しっかり写真に収められていました。

d0389843_14315143.jpg
d0389843_14540212.jpeg


「亀山八幡宮」前の道路を挟んで向こう側が「唐戸市場」です。
まず、駐車場へと歩きます。
駐車場到着が14時30分、バスの停車位置を確認後、自由行動になります。
今回、昼食をバスの中で済ませたこともあって、時間に余裕があります。
15時30分に集合していただき、16時前には出発することにしました。
約1時間、唐戸市場散策です。
ゆっくり楽しんでいただけると、思います。

私達スタッフも、唐戸市場の中をゆっくり見て周り、
関門海峡を行き交う船を眺めながらコーヒーなど戴き、今日参加された方とお話も出来ました。

明治維新の怒濤の中を、サラッと駆け巡った「せっかくウオーク」のウオーキングでしたが、
皆さん、堪能していただけたでしょうか?
楽しんでいただけたでしょうか?

午後5時少し前に、小倉駅北口に到着しました。
皆様、お疲れ様でした。
ご参加有り難うございました。
又、来年も「せっかくウオーク」にご参加を心よりお待ち致しています。




[PR]
by kitakyuwa3 | 2018-09-21 22:54 | 例会・大会
<< 第12回北九州無法松ツーデーマ... スマホアプリ「GO!GO!ある... >>